とは出来なかった。
嫂は、また驚く程すまして、驚く程平然としてゐる人のやうにも見えた。気の小さい彼女は、その前でまごついた。不安であった。
嫂は食事以外に、自分の部屋から出て来なかった。食事の時には、黙って彼女の前で箸と口とをうごかすばかりであった。
そして食事が終るとあとを片づけて、すぐ勢よく廊下を歩き、自分の部屋に入り襖をきっちり閉めてしまふ。そのあとはなんの音もしない。微笑したことを、笑ったことを、泣いたことを、無駄口一つ聞いたことを、彼女は知らないのだ。
嫂はまた、恐ろしく冷淡な、かたく己を閉してゐる人のやうにも、またある時には、高慢な無作法な人のやうにも見えた。そしてまた、この世の何の欲望にも、支配されず、またこの世のさゝいな事には、少しも感じないやうにも見えた。彼女は、嫂の部屋が、どんなやうになり、嫂がその中でどんな事をしてゐるかを少も知らない。嫂をつゝむ感情は恐怖と、不安とであった。彼女はまた悲しんだ。
しかし、彼女はその真面目な顔を、食事の時に静かにのぞくけれども、五慾をはなれた聖者のやうな、神々しさや清さは見られなかった。その広い肩や、黒ずんだやせた頬には人
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