んで云ひかけたが、友だちがそれに対して、あまり興味を持ってないのを見て、辰子の内心の力はちゞまってしまった。
 で何げなく、『きっといゝ先生に違ひないわ』と云った。
 辰子は、その先生が自分の兄と婚約のある人だといふ事を、人に云ってはならないと、家の人から云はれてゐた。それで彼女は、それ以上云ふことが出来ないで、疲れたやうに黙った。「なんにも、あなたには解らないのね。私のうれしいことなんか、一つもわからないのね。その人がいまに私の嫂さんに、なる人なんですって。そして、私は二三度その人を見たことがあるんだわ。名前は森本つた子、森本つた子」辰子は、そんな事を、口の中で繰りかへしてゐた。そして彼女の心のなかでは、どうしても、その人について、自分の知ってる、小さな、さま/″\の断片を誰れかに話したくてならなかった。
 二日ののち森本先生は、彼女だち生徒に紹介された。そして、うす黒い筒袖の着物を着て、引つめた束髪を結って三十すぎた片意地そうな、先生だちにのみ教へられた、彼女だちには、その若い先生がどんなに、物珍らしかったか知れなかった。前髪もゆるく、大きく出してゐた。着物も紫の袂《たもと》の長い
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