のことに対して、かなしむ時、必ず学校時代のことを思ひ出した。
辰子が、まだ女学校に居たころ、嫂はまだ彼女の家に来てなかった。そして新学期のはじまるころ、嫂のことをひそかに知り、またその嫂が、彼女の学校の先生になることを聞いたのであった。辰子はそれを聞いた翌日友だちと廊下で顔を合はせた刹那、ふと思ひがけない嬉しいことを、自分が知ってるやうな気がした。それで、彼女は驚いたやうに、瞳を輝かして微笑した。
『あのね。』辰子は、思はずよりそって云った、けれども、ついなんでもないことを云ってしまった。
『音楽室の方に行かなくなって。』
友だちは、なんの気もなしに素直に、彼女によりそったまゝ、すぐ音楽室の方に歩き出したのであった。それで、彼女は一所[#「所」にママの注記]に歩き出したが、彼女の頭のなかには、夕聞いたうれしいことが、不安に踊り初めてゐたのだ。
そして、彼女はいつか草履を引づりながら音楽室の前を、通りこした。朝早いので人もない廊下に、低いオルガンの音が、閉された扉のなかゝら流れて来てた。彼女は、いつものやうに爪先を見つめて歩いてゐた。
こうして、友だちと廊下から廊下へ黙って歩くの
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