が、すっかりそのおかしさのなかに入ってしまった。
彼女は、まだかつて嫂を思ふ心におかしさを思ったことが一度もなかった。
「フランチェスカは、家の嫂さんとおんなじだわ、『結構です』と、『どういたしまして』、以外になんにも云はないんだもの。そしていつも、おかしいことも、かなしいことも、面白いこともないやうに、むっすりと黙ってゐるんだから。」彼女は、そう考へて、おかしくってならなかった。そして、辰子は、顔にまでそのおかしさを見せながら、何の気がゝりも心配もなく、家の玄関まで来てしまった。
彼女は、手をかけて玄関をガラッと開けた。そして、その音と同時に彼女はすっかり真面目になってしまった。敷石を静かに歩いて草履《ざうり》を、片すみにそろへてぬいだ。
嫂の部屋は、玄関の側にあった。辰子は、その部屋の襖《ふすま》の前に行って『只今』と手をついた。
『おかへりなさい。』
といつものやうに、部屋のなかゝら声がした。その声は、何等人の情にはかゝはりのない、木を折ったやうな、殺風景な音であった。辰子の心はすぐ淡い恐怖と不安とを抱いた。そして廊下をつたはって自分の部屋に行った。
辰子は自分の心が嫂
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