山な本が積みかさねてあった。辰子は、早速その本の一冊を借りやうと思った。
 辰子は、縁を歩いて来た。そして縁の柱によったまゝ、手水鉢《てうずばち》のそばの紫陽花《あぢさい》の葉をちぎってた嫂は、そこを通りすぎやうとした。いつもの強いするやうな足音をして、つんとそったまゝ、その真面目なむっとしたやうな顔が来たのだ。辰子はまたふと、恐怖におそはれた。そして行きすぎてしまってから、つまったやうな声で、
『嫂さん。』と呼んだ。嫂は、黙って振りむいた。
『どうぞ、どんな本でも一冊借して下さいませんか。』彼女は、云った。
 嫂は、そのまゝ部屋に入って行った。何事も云はないで、彼女が茫然したやうな様子をして立ったまゝで居ると、嫂はやがて一つの本を持って来て云った。
『なんにもありませんよ』。
 辰子は、嫂から借りた厚い本を持って早速自分の部屋にかけ込んだ。
 その本のなかには恋のあはれを黒染の衣につゝんだ滝口入道のことなどが書いてあった。清い空想に涙ぐむ彼女は、すっかり捕へられて読んだ。そして、その幻からやうやくはなされた時に、辰子は気がついた。そして驚いた。
 嫂の赤いインクのラインは、恋になやむ
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