れ》も、あの市來知《いちぎしり》にある、野菊《のぎく》の咲《さ》いてる母親《マザー》の墓《はか》にだけは行《ゆ》きたいと思《おも》つてゐる。本當《ほんたう》に市來知《いちぎしり》はいゝ所《ところ》だからなあ。』
 彼《かれ》は、彼自身《かれじしん》の足跡《あしあと》をふりかへつて靜《しづ》かに嘆息《たんそく》するやうに云《い》つた。
 二人《ふたり》のこんな話《はな》しは、いつまでたつてもつきなかつた、彼女《かれ》の云《い》ふ山《やま》や川《かは》や木《き》が、彼《かれ》の眼《め》にすぐに感《かん》じられ。彼《かれ》のいふ空《そら》や草《くさ》や建物《たてもの》は、彼女《かれ》の心《こゝろ》にすぐ氣《き》づいて思浮《おもひうか》べることが出來《でき》るからであつた。もしも二人《ふたり》がはなればなれの見《み》も知《し》らない土地《とち》に生《お》ひ立《だ》つたとしたらどうであつたらう。まち子《こ》は、そんな事《こと》を、またふと考《かんが》へると、幸福《しあはせ》なやうな氣《き》がすることもあつた。
 そんな事《こと》を、あまり熱心《ねつしん》に、そして感傷的《かんしやうてき》に話《は
前へ 次へ
全17ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
素木 しづ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング