か、――丁度自ら赤子を造るやうに、自分の心に眼に愛するものを造らずに置かない。まち子はまたやがてトマトを植ゑた。ありあまる日光は直ちにトマトの芽を出させて花を咲かせた。そして宝玉のやうな実が強烈な日光のなかに一人、慈愛深く微笑んだ時、彼女は只歓喜した。前から心ひそかに空想にふけって居た、いつかはこの自分の肉体のなかから、心のなかから生れて来るといふ赤子の象徴のやうにも見えて、また物珍しくもあった。
 彼女は、毎日あきずにその美しい果実のつやと、大きさとを見た。すべてがかたくなに荒々しいなかに、なぜこの実ばかりが天使のやうにけがれなく、優しいのか。
 けれども、その実をあらさうと、いづこともなくさすらひ来たやうな鶏を彼女は見つけた。いつも鶏はいつの間にやら悪魔のやうにひそやかにあらはれて来たのであった。彼女は、その小さな破壊者をわづかでも近づけまいと、いつか小石を拾って投げることを覚えた。
 彼女は、今日も足元に小石をあつめたのである。そしてみまもる間もなく牝鶏が一匹の雛鶏を後に従えてトマトのそばに現はれた。
 まち子は、その時ふとつれて歩く牝鶏のさまを茫然と見て居た。そしてその雛どりの
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