てゐる土人の子をよんで、雛鳥をたしかめにやった。
 彼女は、自分でそれをたしかめる事は、とても出来ない。絶望の時、その正反対のよろこびといふ事が、ふと頭にひらめくけれども、それとても自分でたしかめるのは恐ろしい。まち子は、茫然と考へてゐた。
 土人の子供は、急いで見て来て、やはり死んでるとつげた。雛鳥は動かなかった。
『どうしやう、中村さんの家の鳥なのね。』
 彼女は、きのふその鳥の飼主を知ったのを恨めしさうに云った。
『きび畑に投げて来やう。』
 土人の子はそばに茫然立って云った。
『いけない、いけない。』まち子は、そのまゝ橡側にかけ上って、廊下を小走りに電話室に行って、大事件のやうに鈴をならして会社に電話をかけた。
 良人は電話口でまち子の云ふ事を聞いて居たが、たちまち笑ひ出して、『そんな事は、ほっといたらいゝ、』といって取り合はない。
『どうしやう――』と再び電話口で哀願したけれども、男はその時、笑ふより処置がなかったと見えて、矢張り笑ってる。
 まち子は、電話を切って、茫然と廊下を引きかへしながら、
『ほっとかれる事ぢゃない』と繰り返してまた椽に佇みながらやっぱり、中村さんの家にあやまりに行かねばならないと考へた。
 いつか、時は移った。きづついたものゝ終りを思はせるやうに日は凄く、真紅にたゞれて落ちて行く。西日が土の上にも赤い。雛はやはりトマトの影に小さな骸をよこたへてゐる。
 まち子の瞳は、いつか茫然とうるんで居た。そしてそのうるんだ瞳のなかに雛鳥の淡い褐色の初毛が、かすかに動いてるのを見た。
 彼女は、やがて驚いて眼を見はった。雛鳥は、むく/\と起き上って二足三足歩きかけては、よろ/\と倒れた。が、またよた/\と起き上ったかと思ふと、ふらりふらりと、恰も自分の身体を自分でもて遊んで居るやうに、また宙に迷ってる魂の為めにいづこともなく支配されて行くやうに、西日に彩どられた空と土との間にさゝやかな身体を一軒おいた隣りの自分の巣へと運んで行った。
 小鳥にとってトマトの葉かげに起き上らなかった暫しは、苦しい夢であったか、楽しい夢であったかわからないが、その夢は恐ろしい永遠といふものに結びつけられずに、とにかく目覚めた。彼女はぼんやりと雛鳥の後影を見まもりながら、雛鳥の夢に結びついた自分の罪悪がまた夢のやうに消えて行ったことを思って目を見はった。そして空を仰い
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