雛鳥の夢
素木しづ
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)明地《あきち》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から2字上げ](「反響」大正3・7)
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)自然はます/\力強く
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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まち子は焼けるやうに、椽からすべるやうに降りて、高い椽の下の柱の所にわづかばかりの日影を求めて、その中にちいさく佇んだ。
そして、いつものやうにうっとりと、明地《あきち》のなかに植ゑた黄色や、赤の小さい瑪瑙のやうなのや、また大きな柿のやうなトマトを親しげに見まもりながら、またいつもの鶏が来てその實をつゝきはしないかと心をくばった。
太陽が、頭の上に火のやうに燃えたって、自分の行為のすべてに干渉するやうな、すべてが熱苦しくわづらはしい夏のさかり、それが漸くすぎて十一月とはなったものゝ、この南のはてには、木の葉の紅葉するといふ事も、落ちるといふことも、殆んど見られない。夏のさかりに姿を見せないやうな蚊がいま頃漸く出て来たり、赤土の上を匍ふとげとげしい、少しも草といふやはらかみのない草の上のをちこちに、土人の舌のやうな、あくどい真紅な花や、また真青な土人の腕の入墨のやうな花が漸くこの頃見えて来て、それに、きび畑が背たかくかぎりなくつゞくばかり。自然はます/\力強く暴虐に微笑してゐる。まち子の弱々しい、優しい心はとても親しむべきすべがなかった。彼女は、ちいさい時から、花の美しさ、やさしさ、自然の暖かさ、安らかさに育ぐまれて来た。彼女の生れた家は、北国の大きな農園のなかにあった。
彼女が輪まはしに駈けめぐる小路のあたりにはやはらかなクローバーが白い花をつけ、エルムのやさしい梢は彼女の頭の上に押しひろがって、ゆたかな影を与へて居た。そしてまた母の留守の時は温室のなかの藤椅子の上に美しいチューリップや、アネモネの上に瞳をすゑておとなしく暮したのであった。
まち子はその中に大きくなって、いつか十八の年を後に見た時、丁度貴婦人が秘蔵の宝玉を商人に手わたしする時のやうに父母の誇りと、いたはりの瞳に送られて、良人の手に渡された。
宝玉を得た男は、勇んで南のはてに走って、自分の事業にたづさはらねばならなかったのである。
まち子は、良人
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