の手にたづさへられてこの南の地に来てから、朝早く良人が会社に出かけたあとを夕方まで、茫漠として自然に対して悲しい瞳を伏せないわけにはいかなかった。新らしい土地に来て、わづかばかりの隣近所にも親しみはなし、雇人すら十分に言葉が通じない。しらじらと涙がつたっても、いたづらに乾くばかりで花に情は求め得られない。空を仰げばとて、空の青さにうるほいも親しみもないのだ。
 まち子は、良人ばかりが、只良人ばかりが天地にたった一つの優しい花だと思ひ定めて、ひたすらに、只何事もすがっては居たけれども、うら若いをんなの心に男はあまりに偉大であった。
 このごろ、ネルのきものに漸くやすらかになった時を、まち子は、花でなくともなにかやはらかな野菜のやうなものでも、この赤土の上に育てゝ見たいと、かすかに踊る心を持って、一日小さな土人の子を相手に土をやはらかにして、ほうれん草を植ゑてみた。
 すると、それはまち子が一心に土の上を眺めるまもなく青い芽を出した。
 その芽はなんとも云はれない、丁度恋の思出がめぐみ出したやうな、なつかしみと、やはらかさと光りとを持って居るやうに見えた。
 まち子は、その寸にもたらない青い芽を赤い土の上に喜びにかゞやく瞳を持ってしみ/″\と眺めた。彼女は二三日その青い芽によって、どれだけ慰められたことだらう。
 ところが、その芽の生ひ立ちはあまりに早かった。その芽がやがて二三寸ものびたと思ふ時、もはやその先には白い花がついて居た。その、よごれたやうなみにくい小さな白い花の為めに、その茎はもはや硬く、その葉は赤く土によごれて居るのであった。
 彼女は佇んで、その茎に手をふれた時、その葉に指を触れた時、驚いて立ち上った。そしてじっとその見すぼらしく、かたく育ったほうれん草を足元に見つめて、なげやったやうな心のうちにしみ/″\と涙のわくのを覚えた。あまり強い日光は、あまり強い母の慈愛のごとく、遂に可憐な草の芽をも自由に生ひ立たせなかった。すべては彼女の心にふるべくもない。
 まち子は、それからだん/\かたくなに土にまみれゆく草と、強い日光とをうらめしげに椽の柱によって見てゐた。そしてこの南の天地は、すべて強いものゝみさかゆるのであらうかと思はるゝまで草の葉もすべて針のやうな鋭さを持ってゐることが、恐ろしくなって来た。
 けれども、女の優しい果物の露のやうな、慈愛の心は、なに
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