だ時、もはや雛鳥の影は見えなかった。
 まち子は、再び気がついて廊下を電話室に走った。そしてあはてゝ鈴をならすと、大声で、
『雛鳥が生きかへりました』と云った。
 良人は電話口で笑ひ出したが、やがて事務を取ってる友人に何事か話したものと見える。一度にワーッといふ笑声が、彼女の耳元にひびいて来た。彼女も、それきり何も云はずに嬉しげに微笑して受話器を放れた。そして再び橡の前に立止った。トマトは依然として美しい。そして夕暮がやはらかな懐しい夜を運んで来るのだ、まち子は今宵も幸福である。
[#地から2字上げ](「反響」大正3・7)



底本:「素木しづ作品集」札幌・北書房
   1970(昭和45)年6月15日発行
入力:小林徹
校正:福地博文
1999年7月15日公開
2005年12月29日修正
青空文庫作成ファイル:
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