お湯から帰ると同時に、病院から時子が今日退院してもいゝといふ知らせが来た。
『まあ、今日こそはつれて来られるのよ。時子が帰って来るのよ。』
 朝子は、いま家に入ったばかりの顔を上気さして、疲れも忘れたやうに嬉しさうに叫んだ。
『ぢゃ、いよ/\今日帰って来るんだな。さ、これからどうしよう。』繁吉は、椅子から立上ってやはり堪へがたく嬉しさうに手を上げた。朝子はまた時子を迎へに行く為めに良人をわづらはさなければならないかと思ふと、だん/\絵をかく時間の少なくなる良人が、気の毒でならなかった。朝子は、ふと考へるやうにして、
『私一人で車にのって、迎へに行って来ますわ。その間でもあなたが絵をお描けになればいゝと思ひますもの。』
『お前一人で大丈夫だらうか。』繁吉は、弱りきってる妻の身体と、子供のこととを半ばづゝに心配しながら、またカンヴァスの上に眼を走らせて云った。
『えゝ、大丈夫つれて来られると思ひますわ。』朝子は良人の顔を見ながら、一生懸命に云った。
『ぢゃ、さうしてくれ。俺はその間少しでも描いてゐたいから。』
『えゝ、少しでもお描きになった方がいゝわ。』
 朝子は元気よく、時子の着物を持っ
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