大きかった両方の乳房が、すっかり肋骨《あばらぼね》にくっついてしまって、乳首が黒く小さくかたく、丁度花のしぼんだあとのやうになってるのを見ると、もうなんの誇る所もない、美しさもない、つかひつくした、老いはてた身体のやうに思ったりした。
 けれども朝子は、お湯から上って着物をきると、疲れの為めではあるけれども、さほどこけてゐない頬に赤味がさすので、若い彼女には心地よさゝうに見えた。そして彼女自身の眼にも、さほど弱ってないやうに見えるのが嬉しかった。
 朝子は、心地よさゝうな顔色をして家に帰ると、繁吉は、少しのひまでもといふやうにカンヴァスに向って描いてゐた。わづか少数の人にのみ知られてゐる画家の彼は、今年も晴れ/″\しい美術の秋の呼び声を、病院からつかれて帰って来るとすぐに、うす暗い彼の画室のなかで聞いたのであった。
 狭い室内には、大きな二つの椅子と三つの画架、机、絵の具箱、カンヴァス、灰皿、大きな口のかけた壺のなかには、黒いダリヤが花弁《くわべん》をおとしてゐて、足のふみばもなかった。そして、そのごた/\したなかに、日廻りの花のあざやかな黄が、どことなく寂しく眼についた。
 朝子が、
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