いが、涙によごれてゐるのを、限りなくなつかしく、何も云はずにぢっと眺めた。
 時子が泣いてゐる。といふ事が、なんとも知れない自然の喜びとなって、彼女の心に湧き上って来るのであった。時子が泣いて、そしてまた元のやうに、家に帰って来るのだと思ふと、朝子は急に、時子の涙によごれた頬に顔をすりつけて、何も云はずに杉本さんの顔を見て笑った。
『お泣きになるんぢゃ、御座いませんたら。』
 杉本さんは、さっきから子供が泣くので、どうしようかと云ふやうに、同じことを繰りかへしながら苦笑してゐる。朝子は、なんとなく杉本さんの顔を見ると、気の毒でならなかった。
 彼女は、泣いてる時子の身体をふき終ると黙って、彼女が子供の退院までに、縫って調へた新らしい襦袢と着物とを着せ初めた。そして、夏に刈ったばかりのまだ延びない頭のくしゃくしゃ[#「くしゃくしゃ」に傍点]した短い髪の毛を、横の方にときつけた。時子はいつの間にか泣きやんで、小さくすゝり上げてゐる。
 新らしい友禅の着物は、色の黒いやせて不機嫌さうな顔をした子供に、少しも似合はなかった。併し朝子は、着物をきせ終ると、時子が杉本さんに抱かれるのを、嬉しさうに
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