んですよ。時ちゃんのお家《うち》に帰るんですよ。』と云った。
看護婦の杉本さんは、なにか洗物でもしてゐたと見えて、裾をからげて入って来ると、
『さゝお家に帰るんですわね、お母さんに抱っこして。』と、朝子とおなじやうなことを、笑ひながら云った。けれど時子には、そんな事はどうでもよかった。そしてまたわからなかった。恐ろしい疫痢の為めにしばらくの間牛乳とおも[#「おも」に傍点]湯の少量より食べることが出来なかったので、少し身体の快復して来たいまは、只、人の顔さへ見れば記憶にのこってゐる、パンとバナナとを欲してゐるのであった。
杉本さんが、時子の熱臭いやうな一種の妙な臭のする、小さな垢じみた身体を、金盥に持って来た熱いお湯でふき初めると、朝子はつく/″\と我子のやせてあさ黒い、あかの浮いてる身体を見つめた。時子は身体をふかれながら、うま[#「うま」に傍点]/\が欲しいと云って、泣き出した。大きい声で力一ぱい泣き出した。
朝子は、黙ってそのはげしい泣き声を耳にしながら、何にも云はうとしなかった。彼女はなんとも云ふ必要のないほど、子供の泣き声を快よく聞いたのであった。そして、黒い小さな顔一ぱ
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