た。そして、其中に良人を見ることが、寂しくもありまた誇りでもあった。そしてまた秋になれば、彼女はいつも画家である良人の為めに心が動くのであった。
彼も画家の一人であるならば、秋毎のサロンに一枚の小さな絵でも陳列されるやうに願ったけれども、彼の絵は二度とも落選した。
朝子は、それを最初良人の絵の価値にかゝはるやうに思ったけれども、今ではそんな事を少しも思はなかった。只、良人が少しでも多く絵を描くことが出来るのをうれしく思った。
朝子が、そんな事を思ひながら俥からおりて、廊下はづれにある時子の病室の方を気にしながら、長い廊下を通って、時子の病室をそっと覗くと、起き上ってた時子は、すぐに草履の音を耳にして、黒い大きな瞳《め》を彼女の方に向けた。そしてまだ元気のない笑ひを浮べながら、何かを願ふやうに、
『母ちゃん。』とあまり高くない声で呼んだ。
[#一字下げ忘れか?207−4]あさ黒い顔をしてゐる時子が、赤い袷を着せられて、相変らず細い首を出してゐる。
朝子は、ベッドの上に半分のるやうにして、時子のほっそりした小さな頬に顔をすりつけた、そして、
『あゝ母ぁさんに抱っこして、お家に帰る
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