見た。そして持って帰らなければならないものを、まとめて風呂敷につゝむと、彼女は夢中になって、先に出た杉本さんのあとを追って病室をふりかへりもせずに、廊下に出た。そして顔見知りの看護婦や人々に頭を下げた。俥にのると朝子はあわてたやうに両手をのばして、杉本さんの手から時子を胸に取って抱いた。そして俥が走り出すと同時に、強く抱きしめた。時子は赤くなって苦しさうに、身体を動かした。朝子はそれが何となく嬉しかった。彼女はやがて子供を安らかに抱いて、時子に電車や通る人を見せるやうにした。
俥が朝子の家の近くに来た時、良人にはやく時子が来たことを、知らせてやりたいと彼女は考へた。そして首をのばして家の二階の欄干《てすり》の所を見たが、誰れも見えなかった。朝子は、なんとなく寂しい心持がした。誰か知った人にでも、誰れでも顔見知りの人に逢って、笑ひたいやうな気がした。すると繁吉はいつの間にか、家の前の門の所に立って、両手を上げながら、此方を見て笑ひながら、何か云ってゐる。朝子は、急に笑ひながら、時子の顔をのぞき込んで云った。
『父さんが、ほら時ちゃんの父さんが、あすこに見えるでせう。さあもう時ちゃんのお
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