かがやか》しい瞳を上げて大空を仰いだのである。そして、「私は本當に死ぬんだもの、三十三には死ぬんだもの、」と心のうちに嬉しく叫んだのである。誰れも知るまい。私が死ぬなんて云ふことも、私の死がどんなに幸福であるかといふことも、すべての人は知らないんだ。
彼女はやがて歩き出しながら、先刻《さつき》行き違つた少女のことを考へたのである。あの少女はまだ死なんて云ふことを考へる事が出來ないに違ひない。從つて自分がいま生きてゐるといふ喜びを自覺しないで、尊い生を無意義に必ず虐《しひた》げられてあることを思つて悲しんだのであつた。
お葉はあく迄死を信じた。三十三の年に於いて自らの死を信じて疑はなかつた。
彼女の死は虚榮だかもしれない。反抗だかもしれない。復讎《ふくしう》だかもしれないのだ。お葉は年齡の醜い影を見たかなかつた。また嵐が草木を折るやうな奪略を恐れた。彼女が三十三に於いて眞に死に得た時は、その三十三の生がどんなに華やかな力づよいものとなるであらう。その時の死は勝利の凱旋《がいせん》である。死を定めてすべてを擲《なげう》つたのでなかつた。お葉は死を定めてすべてに光明を見出したのである。
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