云ふ樣なことを思つたのである。世間の人は松葉杖などをついて歩くやうなのは乞食《こじき》かなにかでなければないのだらうと思つてゐるのだらう。「見すぼらしい風姿《なり》をしてはならない。」とお葉はその時思ひながら、少しも悲しいことはなかつたのであつた。今お葉はその事を考へて見たが、いい着物を着て歩かうと思つたことが、さ程淋しい心強い反抗でもなんでもなかつた。折角着かへた着物も、すぐ杖のために脇の下が切れて、膝がぬけるのが目に見えてゐた。時々薄くなつてゆく脇の下の着物の地を默つて見てゐるのは、お葉にとつては淋しい言ひ樣のないかすかな絶望であつた。「私には第一歩くといふ事が不可《いけ》ないことなのだ。そして一番悲しいことなのだ。」
もう歩かないがいい、最《も》う決して外に出るなとお葉の良心は命じた。しかし良心の命ずることは常に淋しい。そして何の反抗もない悲しみが迫つて來るのだ。
お葉の心は今ふと悲しくなつて來て、見知らぬ浴場に集まつて、露骨に身體をみがき合ふ男女のことを思ひながら、いつ暗い湯殿の中に、自分のかなしい肉體をなつかしく見ることが出來るであらうかと思つた。そしてまた前の浴場の若い
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