後にまはつて、おんぶおんぶつてせめやしないかと、思つたりして――。」次いで母親は獨言《ひとりごと》のやうに兄の頭と火鉢の側のお葉の姿とを見くらべて眼を赤くしたのであつた。お葉は、その時そつと次の間に行つて雜誌の頁を繰つたのである。併しそれについて兄は矢張り感慨深いやうに言つたのであつた。
「本當に利口な子だつたがなあ。」
「あんまり利口すぎたから死んだんでせうよ。」
 嫂の聲は歩く足音と共に、無雜作に言つたのであつた。
 お葉の兄はやがて旅に出た。
 そしてとつぷりと暮れた冬の靜かな夜、家の人は連れそつて、近所のお湯に出かけたのである。お葉は一人|炬燵《こたつ》に入りながら、夕方外を歩いて來たことを考へた。彼女がとある角を曲る時だつた。
「割にいい風姿《なり》をしてるわね。」といふ聲が耳に入つたので、鋭くお葉は杖をとめて見返つたのであつた。角には黒いポストがあつて、その後の人影はさだかでなかつた。
 彼女は夕闇の間に少時《しばし》立停つて、普通着《ふだんぎ》の儘で出掛けて來た自分の汚れた銘仙の着物を見つめたのであつた。そして其儘歩き出し乍ら、まだまだいい風姿をして歩かなければならないと
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