のダーリヤをつまんだのであつた。自分の三十三の死といふのは、本當に運命に支配されない、運命の前を歩くといふ事だつたのだ。自分は自分の一生を自分で取りきめたのであつて、それが運命なのぢやない。お葉は再び微笑んだのである。しかし自分の心を知らない前に坐ってゐる青年の姿が淋しく見えたのであつた。
お葉は自分の肉體を見ることを出來るたけ避けたのである。けれども彼女が夜おそくうす暗い湯殿のなかに衣を脱いだ時、ふくらんだ乳房が物悲しく動悸《どうき》をつたへてゐた。彼女は湯つぼのなかに永く靜かに夢のやうな死を考へて浸つてゐるのであつた。やがて覺めたやうに目を見開いて、初めて臺の上に腰を降してゐる自分の肉體を見出した時、時としては烈しい動悸が胸をつらぬいて、あわてて母を呼び立てねばならないと思つたこともあつた。お葉はタオルを胸にあてて、暫く顏を押へたのである。その時彼女にのみある幸福な死は、お葉の心を和《やはら》げたのであつた。お葉が再び顏を上げて心の靜けさを思つた時、細い窓から月光が流れて、彼女の肉體は神の如く清く美しくあつた。お葉は布を腰にまき衣を肩にかけて、初めて衣のない神代に人と生れあはせな
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