葉はその青年の姿を見たのだつた。
青年は折々彼女の家に遊びに來た。
暗い階子《はしご》を登つて灯のついてない二階に登つて來た時、マッチをすつて瓦斯《ガス》をつけて呉れた。夕闇のなかに俯向《うつむ》いて坐つてたお葉が夢から覺めたやうに首を上げた時、隈《くま》なく明るくなつた部屋のなかに、美しい青年の瞳が輝いてゐたのである。お葉はその青年が堪へられなく戀しい時があつた。青年はお葉を愛してゐた。
彼女はいま夢のやうな心のうちに、物悲しい氣分が彼女の心をつつんで行くのを覺えた。今自分は愛されるといふ幸福の爲めに、死を忘れてしまふんぢやないかと思つたのである。そして戀しいと思ふ心の惰性に引ずられて、そこに思ひがけなく年齡の醜い影を見るのぢやないかと思つたのである。それがすべて刹那の幸福であり、僥倖の嬉しさであるのだけれども――。お葉の心は刹那の爲めに動き易い。人はすべて僥倖の幸福に生きたのであつた。彼女はその時生きてることの悲しさを思つたのである。
青年はある時快活に叫んだ。
「ねえ、僕だちは運命の先を歩くんだ。」
その時お葉は青年と共に微笑《ほほゑ》んだ。そしてうつ向きながら、瓶の中
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