苦しくて寢ることが出來なかつた。
 夜があけると、その日は細かい雨がふつてゐた。彼女は漸く床をはひ出て、開《あ》け放した縁の柱によつて坐つた、多緒子の肉體はまだ燃えるやうに熱かつた。けれども投げ出すやうにしてある兩手も、顏の色も眞白であつた。
 多緒子は、その日の夕方《ゆふがた》幸子《さちこ》と共に夫につれられて病院に行つた。夫の巍《たかし》は別室に入つて醫者としばらく話をしてゐた。そして暗くなつて街に火がついた頃|家《うち》に歸つて來ると、多緒子は起きてることが出來ないやうにすぐ床の上に横になつた。巍は暗い顏をして氣づかはしさうに、ぢつと多緒子の枕元に坐つた。
 多緒子は肺が惡かつたのである。そして醫者は、少しの猶豫もなく空氣のいゝ海岸に轉地しなければ、いまにうごかすことが出來なくなるといふことを言つた。そしてそれと同時に、幸子《さちこ》は輕い百日咳になつてしまつたのであつた。
 巍《たかし》はすぐにわづかばかりの道具を片づけ、家を引きはらつて程近い海岸にゆくと、彼等は砂山に面した小さな家を借りて住んだ。そして砂山に面した波の音の聞えるその家の一間に、床を敷いて白い蚊帳をつると、多緒
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