子は何も言はずに横になつた。彼女は咳が出た、そして毎日發熱した。食慾もほとんどなかつた。彼女の病氣はなかなかなほらなかつた。
 けれども巍はこの海岸に來ると間もなく、繪をかく爲めに旅に出なければならなかつた。彼は畫家であつた。そしてその繪によつて生活しなければならなかつたので、彼は病める妻と子とを殘して、どうしても旅に出かけねばならなかつた。
 巍《たかし》は自分自身の悲しみを押しかくすやうにして、そつと旅の仕度をした。そして、
『悲しんではいけない、ね、』と、多緒子が白い敷布《しきふ》の上にうつ伏すやうになつて、うるんでる大きな瞳を、叱るやうにして見つめると、あわてゝ荷物をとりながら、
『ぢや行つて來るぞ、ぢや行くぞ、いゝか。』
 と言ひながら、外《そと》に出ようとして蚊帳のなかから多緒子がなんにも返事をしないと、
『どうした。』と言つてあわてゝのぞき込んだ。
『ぢや、いゝか。行くぞ。』
 巍は後《あと》を振りかへらないやうにと、朝早く大いそぎで家を出た。
 多緒子は、寢たまゝで夜と晝とをうつゝのやうに暮した。二人の女中が雇はれて一人は幸子《さち》の守の爲めの幾分白痴のやうな中年の女
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