と、一人は家の中一切をやる働き盛りの若い女であつた。
幸子の咳はあまりひどい咳ではなかつたけれども、咳の出る度に幸子ははげしく泣いた。そして非常に機嫌が惡く、寢てゐる多緒子のそばから少しもはなれまいとした。そして幸子は夜中母親の力ない胸にすがつて乳をのんだ、多緒子は非常によく乳が出た。そして病氣になつてもやはり幸子が呑むせゐか、前と少しもかはりはなく、あふれる程出た。けれども夜中我子に乳を呑ませてゐる多緒子は、丁度すべての血管から血を吸ひとられてゐるやうに苦しかつた。彼女はあけ方《がた》を待つた。そして幸子が女中に負はれて外に出て行くと、彼女はぐつたりと、あを向きになつて眼を閉ぢた。
幸子はいつも悲しさうに泣きながら、きたない女の脊中に負はれて海の方《はう》につれられて行く、女はいつも子供が高い細い聲で泣きとほすのに、調子の低い聲でいつもおなじやうに、
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たんぽさん、たんぽさん、お前の國はどこじやいな。房州の房州の外房州。――
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と歌ひながら、ぶらり/\と歩いて行くのであつた。
多緒子は、ぢつと動かないやうに眼を閉ぢながら涙をためた。
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