の醫者に行つた。けれどもそれは風邪を引いたのだらうと云ふ位な診斷であつた。しかし彼女たちは、貰つて來た藥を幸子にのませては、このまゝ風邪《かぜ》でなほるようにと祈つた。けれども二人はおなじやうに、幸子が彼女たちの中から災のやうに奪はれて、死んでゆく有樣を想像した。二人は常に彼等たちの手におよばない、人力でどうすることも出來得ない災といふもの、運命といふものゝことを考へてゐた。それは、いづこにも如何なる所にでも、如何なる幸福のなかにでも、ひそんでゐるやうに思はれたのであつた。二人はある朝|巍《たかし》が幸子を抱いて、その後から多緒子が杖によつて歩きながら散歩をした。そして通りすがりの寫眞屋によつて幸子の寫眞をとつた。若い兩親は、そしていま寫した我子の寫眞が唯一のものとして胸に抱きしめられ、むせび泣く日のことを考へた。二人はもしも幸子がこの世からなきものとなつたならば、自分たちは何の爲めに生きるだらう。二人は死にいそぐより外はないと語り合つた。幸子の咳は初めのまゝに、やはり二つ三つ輕くするばかりであつた。
 するとある日、夜半に目覺めた多緒子の肉體《からだ》は火のやうになつてゐた。多緒子は
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