晩ですつかり蚤にくはれて眞赤になつてるんだ。多緒子、見てごらん、まるで金魚のやうになつてゐるんだ。たつた一晩で、のみとり粉も買つてやつたのに、金魚のやうに食はれてゐるんだ。これぢや泣くのもあたり前だよ。きつと昨晩《ゆうべ》は夜通し泣いてゐたんだらうな可哀想に、もうどこへもやらないよ。父さんが夜一つもねないでもいゝ、父さんが抱いて、お前をよくねせてやるからな。もう大丈夫だ。もう決してどこへもやらないよ。一晩でも父さんがお前をはなしたのは、本當に惡かつたな。』
 と、いつか巍の言葉は幸子に對して言つてゐるのであつた。多緒子は、その話を聞いて涙ぐみながら、もはやほゝ笑んで乳房からはなれてゐた幸子の身體を、着物をほどいて見てゐた。本當に一つも蚤にくはれなかつた子供の美しい肌が、幾許《いくら》とも知らないぶつ/\の爲めに眞赤《まつか》になつてゐるのであつた。
 あゝそればかりでない、多緒子は一夜のうちに清い、美しい、愛する我子がどことなくよごされ、どことなく汚されたものゝやうになつたやうな氣がした。如何なる血のものか、いかなる肉體《からだ》のものか、わからない他人《ひと》の乳、それがわづかでも我
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