られて、巍に抱かれながら、松林の小路《こうぢ》を此方《こちら》へ向つて歩いて來てゐるのであつた。
 多緒子は、入《はひ》つて來た夫の手から幸子をとつて抱きしめた。幸子は大聲で泣きながら、彼女の乳をさぐつた。多緒子は涙ぐみながら、夢中になつて乳を與へた。
『あゝ可哀想に、可哀想になあ。』
 巍《たかし》は幸子をなだめるやうに言つた。すると彼女はすぐに、
『どんな風にして居りまして、おとなしく遊んで居りまして。』と、氣づかはしさうに彼の顏を見た。
『駄目だ。俺はもう幸子《さちこ》をやらないよ。可哀想だ、親があるのに子供を親の許から離して、他《た》にあづけるなんていふ法はない。俺が行つたら幸子は、眞黒《まつくろ》な蚊帳のなかのきたないおかみさんの大きな蒲團のなかにころがつて、一生懸命泣いてゐるんだ。そしておかみさんはなにか仕事をしてゐるんだらう。「幸子《さちこ》。」つて俺が入る時に呼んだらば、すぐ驚いたやうに泣きやんで、四邊《あたり》をぐるぐる見てゐるのさ。そしてまた火のつくやうに泣き出したんだ。俺がいそいで行つて、蚊帳のなかから幸子を出して抱き上げようとして見ると、幸子の身體《からだ》が一
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