とを感じた。そして自分の生きてるといふことが愛する夫や子供の幸福の幾分にでもなつてゐるのだと云ふことを考へると、一日でも一時間でもながく彼等の爲めに生きなければならないと考へた、彼女は死を怖れた。病を悲しんだ。もしもこの病が旅に出てゐる夫を再び見ることをさせず、慕う子供を殘して自分を死に導いたならば――と思ふのであつた。
 夫の巍《たかし》が一週間ほどして歸つて來た時、多緒子は甦へつたやうに喜んだ。彼も多緒子の別に變化のないらしい顏を見ると、すべてのなやみから逃れたやうな、はつとした顏をした。そして、丁度すや/\と寢てゐた幸子《さちこ》の顏をむさぼるやうに眺めて、
『どうした、別に幸子もなんでもなかつたか。』
 と巍は嬉しさうになつかしさうに笑ひながら、眼に涙を浮べた。彼は急に立つてそして着物をぬぎながら、
『どうした。どうしてゐた。變つたこともなかつたか、苦しいやうなこともなかつたか。』
 と、部屋のなかを歩きながら繰りかへした。
 多緒子は、そつと床の上に起き上つた。幸子は、やがて目覺めた。
『どうした、待つてたか。』
 巍は、あわてゝ幸子の顏に顏を押しあてゝ抱き上げた、幸子は彼の顏を見ると泣き出した。彼は部屋のなかを歩きまはつた。すると幸子は急に泣きやんで彼の顏を見ると笑つた。
 多緒子は嬉しさうにその樣子をぢつと見てゐた。巍《たかし》は嬉しさうに幸子の顏をぢつと見つめた。幸子の笑つてる顏には、いま泣いた涙がまだ頬をつたつてゐた。そしてやがて、彼の瞳にも、彼女の瞳にも、涙が新らしく浮んで來た。
 その夜、多緒子は夫に自分の死に對する恐怖を物語つた。そして彼女はつけ加へた。
『そして私はこんな事まで考へますの。私は肺が惡いんでせう、肺は感染《うつ》つてからでも十年位もひそんでゐるつて云ふんですもの、もしも私が死んでしまつてから、あなたが病氣になつて死ぬやうなことがあつたら、幸子はなんといふ不幸な子になるでせう。孤兒になるんですもの。そして幸子が一人ぼつちになつてから、また肺病になつたとしたら、幸子は看病してくれる人もなく、本當に道ばたにたふれて死ぬかもしれませんわ。ね、私はそんなことになつたらどうしようと思ひますわ。本當に病氣はいやだ。どうかしてはやく癒りたい。』
 と彼女は顏に手をあてた。
『本當に、どうかして出來る丈のことをして癒さう、それでも癒らないで、お
前へ 次へ
全12ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
素木 しづ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング