へたことだらう。戀は、彼女の心に死を願ふ病める幽欝の夕の、窓に求めた白い花であつたのだけれども、野の幸福を求める心は、光りのやうに白い花を赤く輝かしたのだ。
しかし、その光りは淡い歡樂の憧憬だつた。夕の光りのやうに、夜のかなしみはやはり、彼女の心の背後にあつた。そして、彼女の弱い肉體に征服された心は云ふ。『すべてが寂寥に、終りはしないか。すべては悲哀に、終りはしないか。』彼女は、淡い混亂の幽欝に捕はれて、なやましい心に何事かを言はうと、戀人を見た。
彼は、靜かに股にはさんだステッキの上に、兩手をかさねて、動かないものゝやうに、窓の方を見てゐた。その瞳は、いかなる色にかゞやき、いかなる影をやどしてゐるかは、解らない。
彼女は、ふといま言ふべき言葉が、かなしみ以外に出ないことを恐れた。彼女に、戀人は悲しみを最も厭ふ人のやうに見えた。この幸福を求めに行く時に、かなしみの言葉は、彼の心を傷つけるかとも思はれた。彼女は晴れやかな、輝く心にならうとつとめた。そして、彼女は默した。
けれども、彼女には、いまだ手も觸れたことのない、戀人の心は神祕であつた。沈默は知られざる淵であつた。しかしまた
前へ
次へ
全17ページ中6ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
素木 しづ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング