思ひ出した。
『秋だつて云ふのに、僕は、綺麗にのびた草の上に、無上の光りに輝いてる花の廣い野を見てゐます。』彼女は、瞳をなかば閉ぢた。そして、その中に彼とおなじ、花の廣い野を見ることが出來た。また、『二日の日曜日には廣い/\、野に行きませんか。二人が開くサンドイッチの上に、やはらかい煙りのやうな雲の影がすう/\と通るんですね。あの本を二人で大きな聲を上げて、讀みませう。二つの呼吸が一つのまるい温さになり、二つの呼吸が一つの長い大きな呼吸《いき》になつて、涙の出るやうなうれしさを感じたい、遠くから見たら、二人が秋草《あきぐさ》と一緒に搖れてるんですね。水のやうにけざやかな秋の空は、美しい光りを孔雀の翅《はね》のやうにひろげて、その中に憧憬の歡樂を夢みる二人は、本當に幸福なんですね――本當に二人を母のやうに從順に、氣をくばつてくれるやうな、場所がほしい。』
彼女は、これ等の文句を頭の中に、くりかへしながら、目の前に孔雀の翅《はね》のきらびやかな蔭を見た。そして、彼女がいまかうして戀人と、そのみどりの野を、花の野を求めに行かうとするまでには、その手紙は幾度繰りかへされて、彼女の瞳に輝きを與
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