た。のがれることの出來ない肉體の弱さと、かぎりないあこがれの心との、なやましい沈默であつた。
二人は、ひきもどした、けれども、深い溝は、彼等に憧憬の絶望を與へはしなかつた。夢みる緑の野は、いまだ二人の頭に淋しい輝きを殘してゐる。日は、野に近くおちた。わづかな木の葉や、木のかげに、不安な夕日のいろがたゞよつてゐる。二人は、歸るべき道を考へなければならなかつた。二人は、遠い空を見かへりながら、不安な、あやしい道をたどつた。うす暗い夢のやうに、黒い木の下の小路をぬけ出た時に、彼等は不意に、鐵道線路のつめたい色を見た。
彼女は、もはや堪へがたく疲れてゐた。けれども、杖はつめたく彼女一人を、さゝへてゐた。『戀人の腕によらずに、一人で強くお前の道を歩め。』といふやうに、杖はつれなくつめたかつた。彼女は、その杖から逃れるやうにして、線路の傍の、落葉の上に坐つた、かわいた落葉は、彼女の手のしたに靜かな囁《さゝや》きをつたへた。風が冷たく、彼女の身體をふるはした。彼女は、目の前にかぎりなくつゞく線路の青白さにみいられて見つめた。その青白く光る刄物のやうな表には、遠く汽車のすぎるこまかな震動を、つたへ
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