てるやうに見えた。そして、人のないあたりの灰色の空氣が、ひくゝその表にたゞよつてゐた。死が彼女の心を捕へた。死は、彼女の心と共に生れて來た白い花であつたから、戀の憂欝はたゞちに死をともなつた。そして、それが不安なしに合つた時、彼女に最上の幸福が齎らされると思つてゐた。彼女は、ふと自殺者が、汽車のすぎるのをまつやうな心になつた。青白い線路がふるへてゐる。そして微笑してゐる。
『自殺者のやうだわね。』
彼女は、ふと言つて戀人の顏を見た。しかし、立上つてた戀人の瞳は、如何に輝いてたことだらう。彼女は、忽ち後悔の苦悶に捕はれた。死が彼にとつて、どんなに厭はしいものであらうと考へたのである。死が彼に戰慄と憎惡を與へはしまいかと、思つたのである。彼は、いまだ死を口にしたことがない。そして、彼の戀は、はげしい生の欲求によつて、生れたものであるらしかつた。
しかし、彼女の戀は、死によつて芽ぐんだのである。いかにしても死をはなれることの出來ない苦悶であつた。彼の瞳の前に、死は彼女の心に、なやましい混亂をおこす。彼女は、初めから生と死に別れた戀が、なにゝよつて一つになることが出來るだらうかと、思つたの
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