』兄は裏の方に行こうとして、また云った。少女は、常のように気軽な元気な言葉が出なかった。しかし兄に対するしたしみの嬉しさの微笑が、やさしく頬に浮んだ。『あんまり暑かったから――』
少女は口少なく云った。兄は妹がかぎりなく優しく見えた。そして美しきものに対するある隔意を感じながら裏口にまわった。
一週間ののち、少女はまた飛び立つような身軽《みが》るさとうれしさとに輝く盛夏の日光を、限りなく身一っぱいに浴することが出来た。彼女の肉体も感情もすべてが新らしく力強くなったように思われた。少女は一人すべて路傍のものにまでのはげしい憧憬《しょうけい》や熱愛のために、湧きかえるような心を抱いて道を歩いた。彼女はやがて大通りの大きな本屋に元気よく飛び込んだ。本屋の店先には、若い男女学生が記《しる》された本の表題に、各々胸をおどらしているのであった。
少女はじっといろ/\な表題を見ていた。そして彼女の心のなかの憧憬《しょうけい》が、あふれるようになった時、悲哀が彼女を涙ぐませる程にいつか一ぱいになってしまってた。何を思うのでもない。そしてまた何をかなしむのでもない。けれども彼女はすべてがはかなく、
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