あらゆる人の世の中に対する漠然とした懐疑を持って、自分の生れたという過去からの記憶と、意識とをよみがえらして放心したように空を見つめていた時、黄昏が少女に対してすべての疑をつゝむようにそしてまた、すべての神秘を示すように、窓の外を紫いろの空気にしずめて行ってしまった。
 少女はその時、漸く黄昏の柔らかな保護を受けて安心したように吐息をついた。そして静かに玄関へ腰をおろしていたが、やがて、おず/\と草履をはき扉をあけて、門の柱によりかゝった。
 山が彼女にどんな美しくかなしく見えたことだろう。陽のなごりによって輝く空に藍色の山は、彼女のかなしみや恥しさを夢のようにしてしまった。そして日のかくれた山のかげの明るさは、彼女に再び幸福のあこがれを覚えさせた。
 少女は、夕ぐれの靄の彼方《かなた》から兄が釣竿を肩にして歩いて来るのを見た。彼女は兄の近づくのを微笑を持って眺めていた。兄は一人の友だちと話しながら、よごれた鳥打をかぶって彼女に近づいた。
『今日はとれた、やまべ[#「やまべ」に傍点]をとって来たんだぜ。』
 兄は元気らしく彼女に云った。友だちは足元を見て笑っていた。
『なにをしてるの。
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