村武三郎氏に


重々しい鉄輪《てつわ》の車を解放《ときはな》されて、
ゆふぐれの中庭に、疲れた一匹の馬が彳《たゝず》む。
そして、轅《ながえ》は凝《じつ》とその先端《さき》を地に著けてゐる。

けれど真《しん》の休息《きうそく》は、その要のないものの上にだけ降《お》りる。
そしてあの哀れな馬の
見るがよい、ふかく何かに囚《とら》はれてゐる姿を。

空腹《くうふく》で敏感になつたあいつの鼻面《はなづら》が
むなしく秣槽《まぐさをけ》の上で、いつまでも左右に揺れる。
あゝ慥に、何かがかれに拒《こば》ませてゐるのだ。

それは、疲れといふものだらうか?
わたしの魂よ、躊躇《ためら》はずに答へるがよい、お前の決心。
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 朝顔 辻野久憲氏に


去年の夏、その頃住んでゐた、市中《しちゆう》の一日中陽差の落ちて来ないわが家《や》の庭に、一茎《ひとくき》の朝顔が生ひ出でたが、その花は、夕の来るまで凋むことを知らず咲きつづけて、私を悲しませた。その時の歌、

そこと知られぬ吹上《ふきあげ》の
終夜《しゆうや》せはしき声ありて
この明け方に見出でしは
つひに覚めゐしわが夢の
朝顔の花咲
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