われは横ぎりぬ。
[#改ページ]

 夕の海


徐《しづ》かで確実な夕闇と、絶え間なく揺れ動く
白い波頭《なみがしら》とが、灰色の海面《うみづら》から迫つて来る。
燈台の頂《いたゞき》には、気付かれず緑の光が点《とも》される。

それは長い時間がかゝる。目あてのない、
無益《むえき》な予感《よかん》に似たその光が
闇によつて次第に輝かされてゆくまでには――。

が、やがて、あまりに規則正しく回転し、倦《う》むことなく
明滅《めいめつ》する燈台の緑の光に、どんなに退屈して
海は一晩中|横《よこた》はらねばならないだらう。
[#改ページ]

 いかなれば


いかなれば今歳《ことし》の盛夏のかがやきのうちにありて、
なほきみが魂にこぞの夏の日のひかりのみあざやかなる。

夏をうたはんとては殊更に晩夏の朝かげとゆふべの木末《こぬれ》をえらぶかの蜩の哀音《あいおん》を、
いかなればかくもきみが歌はひびかする。

いかなれば葉広き夏の蔓草《つるくさ》のはなを愛して曾てそをきみの蒔かざる。
曾て飾らざる水中花と養はざる金魚をきみの愛するはいかに。
[#改ページ]

 決心 「白の侵入」の著者、中
前へ 次へ
全15ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
伊東 静雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング