かつた、何の表情もないその冷たさ、透明さ。
そして庭には白い木の花が、夕陽《ゆふひ》の中に咲いてゐた
わが幼時の思ひ出の取縋る術《すべ》もないほどに端然《たんぜん》と……。
あゝこのわたしの夢を覚したのは、さうだ、あの怪しく獣《けもの》めく
御陵《みささぎ》の夜鳥《やちよう》の叫びではなかつたのだ。それは夢の中でさへ
わたしがうたつてゐた一つの歌の悲しみだ。

かしこに母は坐《ざ》したまふ
紺碧《こんぺき》の空の下《した》
春のキラめく雪渓に
枯枝《かれえ》を張りし一本《ひともと》の
木《こ》高き梢
あゝその上にぞ
わが母の坐《ざ》し給ふ見ゆ
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 蜻蛉


無邪気《むじやき》なる道づれなりし犬の姿
何処《いづこ》に消えしと気付ける時
われは荒野《あれの》の尻《しり》に立てり。

其の野のうへに
時明《ときあかり》してさ迷ひあるき
日の光《ひかり》の求むるは何《なに》の花ぞ。

この問ひに誰か答へむ。弓弦《ゆづる》断《た》たれし空よ見よ。
陽差《ひざし》のなかに立ち来つつ
振舞ひ著《しる》し蜻蛉《あきつ》のむれ。

今ははや悲しきほどに典雅《てんが》なる
荒野《あれの》を
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