けるさま
さあれみ空に真昼過ぎ
人の耳には消えにしを
かのふきあげの魅惑《まどはし》に
己《わ》が時|逝《ゆ》きて朝顔の
なほ頼みゐる花のゆめ
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八月の石にすがりて
八月の石にすがりて
さち多き蝶ぞ、いま、息たゆる。
わが運命《さだめ》を知りしのち、
たれかよくこの烈しき
夏の陽光のなかに生きむ。
運命《さだめ》? さなり、
あゝわれら自《みづか》ら孤寂《こせき》なる発光体なり!
白き外部世界なり。
見よや、太陽はかしこに
わづかにおのれがためにこそ
深く、美しき木蔭をつくれ。
われも亦、
雪原《せつげん》に倒れふし、飢ゑにかげりて
青みし狼の目を、
しばし夢みむ。
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水中花
水中花《すゐちゆうくわ》と言つて夏の夜店に子供達のために売る品がある。木のうすい/\削片を細く圧搾してつくつたものだ。そのまゝでは何の変哲もないのだが、一度水中に投ずればそれは赤青紫、色うつくしいさまざまの花の姿にひらいて、哀れに華やいでコツプの水のなかなどに凝としづまつてゐる。都会そだちの人のなかには瓦斯燈に照しだされたあの人工の花の印象をわすれずにゐるひともあるだらう。
今歳《ことし》水無月《みなづき》のなどかくは美しき。
軒端《のきば》を見れば息吹《いぶき》のごとく
萌えいでにける釣《つり》しのぶ。
忍《しの》ぶべき昔はなくて
何《なに》をか吾の嘆きてあらむ。
六月《ろくぐわつ》の夜《よ》と昼のあはひに
万象のこれは自《みづか》ら光る明るさの時刻《とき》。
遂《つ》ひ逢はざりし人《ひと》の面影
一茎《いつけい》の葵《あふひ》の花の前に立て。
堪へがたければわれ空に投げうつ水中花《すゐちゆうくわ》。
金魚《きんぎよ》の影もそこに閃《ひらめ》きつ。
すべてのものは吾にむかひて
死《し》ねといふ、
わが水無月《みなづき》のなどかくはうつくしき。
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自然に、充分自然に
草むらに子供は※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》く小鳥を見つけた。
子供はのがしはしなかつた。
けれども何か瀕死《ひんし》に傷いた小鳥の方でも
はげしくその手の指に噛みついた。
子供はハツトその愛撫を裏切られて
小鳥を力まかせに投げつけた。
小鳥は奇妙につよく空《くう》を蹴り
翻り 自然にかたへの枝をえらんだ。
自然に? 左様 充分
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