昔|語《がたり》は
ちぐはぐな相槌できくのは骨折れるので

まもなく秧鶏は僕の庭にくるだらう
そして この伝記作者を残して
来るときのやうに去るだらう
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 咏唱


秋のほの明い一隅に私はすぎなく
なつた
充溢であつた日のやうに
私の中に 私の憩ひに
鮮《あたら》しい陰影になつて
朝顔は咲くことは出来なく
なつた
[#改ページ]

 有明海の思ひ出


馬車は遠く光のなかを駆け去り
私はひとり岸辺に残る
わたしは既におそく
天の彼方に
海波は最後の一滴まで沸《たぎ》り墜ち了り
沈黙な合唱をかし処《こ》にしてゐる
月光の窓の恋人
叢《くさむら》にゐる犬 谷々に鳴る小川……の歌は
無限な泥海の輝き返るなかを
縫ひながら
私の岸に辿りつくよすがはない
それらの気配にならぬ歌の
うち顫ひちらちらとする
緑の島のあたりに
遥かにわたしは目を放つ
夢みつつ誘《いざな》はれつつ
如何にしばしば少年等は
各自の小さい滑板《すべりいた》にのり
彼《か》の島を目指して滑り行つただらう
あゝ わが祖父の物語!
泥海ふかく溺れた児らは
透明に 透明に
無数なしやつぱ[#「しやつぱ」に傍点]に化
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