わら》っているような・醜い執拗な寄生者の姿が、何かしら三造に、希臘《ギリシヤ》悲劇に出て来る意地の悪い神々のことを考えさせた。こういう時、彼はいつも、会体の知れない不快と不安とを以て、人間の自由意志の働き得る範囲の狭さ(あるいは無さ[#「無さ」に傍点])を思わない訳に行かない。俺たちは、俺たちの意志でない或る何か訳の分らぬもののために生れて来る。俺たちはその同じ不可知なもののために死んで行く。げん[#「げん」に傍点]に俺たちは、毎晩、或る何ものかのために、俺たちの意志を超絶した睡眠[#「睡眠」に傍点]という不可思議極まる状態に陥る。……その時ひょいと、全然何の連絡もなしに、彼は羅馬《ローマ》皇帝ヴィテリウスの話を思出した。貪食家の皇帝は、満腹のために食事がそれ以上喰べられなくなるのを嘆いて、満腹すれば独得の方法で自《みずか》ら嘔吐し、胃の腑を空《から》にして再び食卓に向ったというのだ。何故こんな馬鹿げた話を思出したのだろう?
料理店の白い壁には大きな電気時計が掛かっていて、黄色い長い秒針が電燈の光を反射させながら、無気味な生物のように廻転している。容赦なく生命を刻んで行く冷たさで、く
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