るくると絶間なく動いている。その下では中年の瘤男がせっせと[#「せっせと」に傍点]口を動かし、それにつれて頸の肉塊も少しずつ動くような気がする。
 三造は、すっかり食慾をなくして、半分ほど残したまま、立上った。

 掘割|沿《ぞ》いの道をアパアトへ向って彼は帰って行く。家々にも街頭にも灯ははいり始めたが、まだ暮れ切らない空の向うを、教会の尖塔や風変りな破風《はふ》屋根をもった山手の高台のシルウェットが劃《かぎ》っている。上げ汐と見え、河岸に泊っている汚らしい船々の腹に塵芥がひたひたと寄せている。水の上には明暗の交ったうそ[#「うそ」に傍点]寒い光が漂っているようだ。仄かな陰翳《かげ》が其処《そこ》から立昇り、立昇っては声もなく消えて行くのである。
 気配は感じられても姿を現さない尾行者に蹤《つ》けられているような気持で、彼は独り河岸っぷちを歩いて行く。

 小学校の四年の時だったろうか。肺病やみ[#「やみ」に傍点]のように痩《や》せた・髪の長い・受持の教師が、或日何かの拍子で、地球の運命というものについて話したことがあった。如何《いか》にして地球が冷却し、人類が絶滅するか、我々の存在が
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