一行が引揚げて行く所なのであろう。
 それも消え、最後の字幕も消えると、パッと電燈が点《つ》いた。

 映画館を出ると、三造は、早目の晩食を認《したた》めるために、近処の洋食屋にはいった。
 料理を卓に置いて給仕が立去った時、二つ卓を隔てた向うに一人の男の食事をしているのが目に入った。その男の(彼は此方に左の横顔を見せていた。)頸《くび》のつけね[#「つけね」に傍点]の所に奇妙な赤っちゃけた色のものが盛上っている。余りに大きく、また余りに逞《たくま》しく光っているので、最初は錯覚かとよく見定めて見たが、確かに、それは大きな瘤《こぶ》に違いなかった。テラテラ光った拳大《こぶしだい》の肉塊が襟《カラー》と耳との間に盛上っている。この男の横顔や首のあたりの・赤黒く汚れて毛穴の見える皮膚とは、まるで違って、洗い立ての熟したトマトの皮のように張切った銅赤色の光である。この男の意志を蹂躪《じゅうりん》し、彼からは全然独立した・意地の悪い存在のように、その濃紺の背広の襟《カラー》と短く刈込んだ粗い頭髪との間に蟠踞《ばんきょ》した肉塊――宿主《やどぬし》の眠っている時でも、それだけは秘かに目覚めて哂《
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