か、と愕然《がくぜん》として、父の顔を見直すことがその頃しばしばあった。何故あの通りでなければならなかったのか。他の男ではいけなかったのだろうか?……周囲の凡てに対し、三造は事ごとにこの不信を感じていた。自分を取囲んでいる・あらゆるものは、何と必然性に欠けていることだろう。世界は、まあ何という偶然的な仮象の集まりなのだろう! 彼はイライラ[#「イライラ」に傍点]していつもこのことばかり考えていた。時として何だか凡てが解りかけて来そうな気がすることもないではなかった。それは、つまりその場合その偶然が――何から何まで偶然だということが結局ただ一つの必然なのではないか、という・少年らしい曖昧な考え方であった。それで簡単に解答が与えられたような気がすることもあった。そうでない時もあった。そうでない時の方が遥かに多かった。幼い思索はいらいら[#「いらいら」に傍点]したはがゆさ[#「はがゆさ」に傍点]を感じながら、必然という言葉の周囲をどうどう[#「どうどう」に傍点]廻《めぐ》りしては再び引返して行った。
映画は古風な河蒸気が岸の低い川を下って行くところをうつしていた。蕃地の探検を終えた白人の
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