の二|呎《フィート》もありそうな鳥が厭な声を立てて枝から飛立つ。

 三造の考えは再び「存在の不確かさ」に戻って行く。
 彼が最初にこういう不安を感じ出したのは、まだ中学生の時分だった。ちょうど、字というものは、ヘンだ[#「ヘンだ」に傍点]と思い始めると、――その字を一部分一部分に分解しながら、一体この字はこれで正しいのかと考え出すと、次第にそれが怪しくなって来て、段々と、その必然性が失われて行くと感じられるように、彼の周囲のものは気を付けて見れば見るほど、不確かな存在に思われてならなかった。それが今ある如くあらねばならぬ理由が何処《どこ》にあるか? もっと遥かに違ったものであっていいはずだ。おまけに[#「おまけに」に傍点]、今ある通りのものは可能の中での最も醜悪なものではないのか? そうした気持が絶えず中学生の彼につき纏うのであった。自分の父について考えて見ても、あの眼とあの口と、(その眼や口や鼻を他と切離して一つ一つ熟視する時、特に奇異の感に打たれるのだったが)その他、あの通りの凡《すべ》てを備えた一人の男が、何故自分の父であり、自分とこの男との間に近い関係がなければならなかったの
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