こんな言葉を使うのはまずいが、お前に言って聞かせるんだから、どうも仕方がない)そういう概観によっては、決して、大きくも深くも美しくもなりはせんのだ。逆に細部《ディテイル》を深く観察し、それに積極的に働きかけることによって、世界は無限に拡大されるんだ。この秘密を体得しもしないで、生意気にもいっぱし[#「いっぱし」に傍点]のペシミストがる資格はないね。誰だって人間が出来てくれば、そう一々、世俗だとか、そのコンヴェンションだとかを軽蔑するものじゃない。むしろ、その中に、最も優れた智慧を見出すものだ。眺めたままの人生の事実だけでは何の奇もないことも、それに或る物を加工し、それを一定の方式に従って取扱う時、たちまち、意味のある面白いものとなることがあるんだ。これが、人生のコンヴェンションの必要な所以《ゆえん》さ。もちろんこれにばかり没頭しているのは愚の骨頂だが、一見しただけで絶望したり軽蔑したりするのは、馬鹿げた話だ。初等代数の完全平方って奴を知ってるだろう? あの方式を知らなければちょっと解けそうもない方程式が、あれ一つですぐに出来てしまう。そのように、人生の与えられた事実に対しても、一通り方
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