うて少し移動させて考えれば)同様に、我々がもし犬だの猫だの、そうした獣の・言葉やその他の表現法を理解する能力を有つならば、我々にも、彼ら動物どもの生活形態の必然さを、身を以て[#「身を以て」に傍点]、理解することが出来、また、彼らが我々よりも遥かに優れた叡智や思想を有っていることを見出さないとは限らないであろう。我々は、我々が人間だから、という簡単な理由で、人間の智慧を最高のものと自惚れているだけのことではないのか。……
 酔の廻《まわ》った頭に、ものを考えるのが億劫《おっくう》になって来ると、結局落着く先は、いつもの「イグノラムス・イグノラビムス」である。三造は何かに追掛けられたように、あわてて、ぐいぐいと三、四杯立てつづけにあおった。すいっちょ[#「すいっちょ」に傍点]は夙《と》うに何処かへいなくなっている。M氏も大分酔ったらしく、眼を閉じて、しかし、まだ口の中で何かもごもごいいながら、後《うしろ》の柱に倚《よ》りかかっている。

       五

 ふん、まだ三十になりもしないのに、その取澄ました落著《おちつ》き方はどうだ。今から何もムッシュウ・ベルジュレやジェロオム・コワニァ
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