段という代りに、グルグル廻ッテ登ッテ行クノガアリマスナ、ソラ、アノ、高イ塔ナンカニ上ル時ノダンダンニアリマスナ、グルグル廻ッテ昇ッテ行キナガラ、ズットアタリノ景色ガ見ラレルヨウナ、テスリ[#「テスリ」に傍点]ガ付イタリナンカシテイル、ダンダンガアリマスナ、という表現を幾回も繰返して聞かせる位で、以下これに準じて恐ろしくまわりくどく[#「まわりくどく」に傍点]、右の意味のことを言うだけで約三十分もかかるのだが、鉱石の中から乏しい金属を抽出するように、それをよく聞分けて見れば、確かに右のような意味になるのである。何だかモンテエニュでもいいそうなことのように思われ、三造はまた前とは違った意味でM氏の顔を見返した位だが、M氏は読書家ではないから決して書物などからこんな考えを仕入れて来たのではない。五十年の生涯の遅鈍な観察から生れた・彼自身の感想に違いない。こうした言葉を吐きそうな智慧の痕跡のおよそ窺《うかが》われないM氏の顔を見ながら、三造は次のように考え始めた。
誰もがこの男を馬鹿にしているけれども、我々が、もしこの男ののろま[#「のろま」に傍点]な表現を理解してやるだけの忍耐を有《も》つ
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