って来た所によると、)全く驚いたことに一種の抽象的な感想――いわば、彼の人生観の一片のようなものだったからである。但し、その表現はいつもの通り度を越して間《ま》の抜けたものであり、その発声は曖昧《あいまい》で緩慢で、かつ何度も同じ事を繰返すのだから、解りにくいこと夥《おびただ》しい。しかし、辛抱強く聞分けてその意味を拾い、それを普通の言葉に直して見ると、その時M氏の洩らした感懐は、大体次のようなものであった。
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――人生というものは、螺旋《らせん》階段を登って行くようなものだ。一つの風景の展望があり、また一廻《ひとまわ》り上って行けば再び同じ風景の展望にぶっつかる。最初の風景と二番目のそれとはほとんど同じだが、しかし微《かす》かながら、第二のそれの方がやや遠くまで見えるのである。第二の展望にまで達している人間にはその僅かの違いが解るのだが、まだ第一の場所にいる人間にはそれが解らない。第二の場所にいる人間も、自分と全く同じ眺望しかもち得ないと思っているのだ。事実、話す言葉だけを聞いていれば、二人の間にほとんど差異は無いのだから。――
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螺旋階
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