「手紙が来ていましたから」と言って卓子の上に封筒を置いた。事務所とこの標本室とではかなり隔たっているから、わざわざ持って来てくれたのは、話相手を求めに来たに違いない。年齢《とし》は五十を越した・痩《や》せてはいないが丈の低い・しかし容貌は怪奇を極めた人物である。鼻が赤く、苺《いちご》のように点々と毛穴が見え、その鼻が顔の他の部分と何の連絡もなく突兀《とっこつ》と顔の真中につき出しており、どんぐりまなこ[#「どんぐりまなこ」に傍点]が深く陥《お》ち込んだ上を、誠に太く黒い眉が余りにも眼とくっ附き過ぎて、匍《は》っている。厚く、黒人式にむくれ返った唇の周囲をチョビ髭《ひげ》が囲んでいて、おまけに、染めた頭髪は(禿《はげ》は何処《どこ》にもないのだが)所によってその生え方に濃淡があり、一株ずつ他処《よそ》から移植したような工合であって、またそれが短いくせに、お釈迦様のそれのようにひどくねじれ縮れているのだ。
職員室の誰もがこのM氏を馬鹿にしているようだった。この人の名前を口にのせるたびにニヤリと笑わない者はない。なるほど、性行なども愚鈍らしく、言葉でも「そうした、もので、しょうなあ、」など
前へ
次へ
全53ページ中35ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中島 敦 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング